献血 98回目

今日、久しぶりの平日休みを利用して献血に行ってきました。これで98回目。「あれ? 前の献血の記事は96回目となっているのに、おかしいな…」と思って調べてみたら、97回目は献血とは別のカテゴリーに登録してありました…(^^;; 早速直しておきました。

今日の献血でも、やっぱり眠くなり、途中から熟睡。献血中に眠くなるだけでなく、毎年この季節は眠いのです。中国の詩にもあるとおり「春眠暁を覚えず」というやつですね。

献血が終わり、次回の献血は5月1日からできるという案内があったのですが、その時に「まことに申し訳ないのですが、もしも予定が分かりましたら、次回の献血を予約いただけませんか?」と…。特に予定がある訳でもないので、一番都合の良さそうな日を予約してきました。

次回で99回目。年内に目標の100回に到達できるでしょう。

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テーマ : 献血
ジャンル : 福祉・ボランティア

陸前高田活動報告(第16章)

先日、久しぶりに陸前高田まで行ってきました。

今回の参加者は、私を含め4人という少人数です。活動内容は現地の方々のバスツアーのお手伝い。参加者が多く、大型バスと中型バス2台となり、現地スタッフだけでは手が回らないため、自分たちの出番となったわけです。

バスに乗るまでが一苦労。座席指定ではないので乗り込みはスムースですが、誰が来ていないのかを確認するのが大変です。自分は大型バスの後部に陣取り、名前が呼ばれた人の確認を手伝いましたが、わいわいがやがやとしているので、返事が聞き取りづらい。点呼している人が聞き損じ「いませんね?」と確認しているとき、「いますよ~」と代返をすることが5~6回ありました。

なんだかんだでバスは出発。イチゴの食べ放題の後、日帰り温泉で食事と入浴。私は15分程度しか入れませんでしたが、参加者の方々は久しぶりの温泉、というより、広い浴槽を満喫できたようです。

その後、今回のメインである「江刺ふじわらの里」へ向かいました。そこで思わぬ体験ができました。弓道や甲冑体験など、色々無料で用意されているのですが、私が選んだのはこれ!

公家スタイル 
想定外の公家スタイル。
私の先祖は神主だったのです。


この格好、「誰かと思った…」「似合うじゃない、ここに就職しちゃえば?」とか、軽口連発。参加者さんたちに大ウケしていました。ただし、一番受けていたのは、グループの他のメンバーでしたが…。

拠点のモビリアに戻ってから、現地スタッフの方々とお好み焼きパーティー。岩手ではお好み焼きを食べる習慣がないそうです。そこで、メンバーの中の鉄板奉行が2人が大活躍。色々な種類のお好み焼きを作り、好評を得ていました。岩手でお好み焼き屋さんをしたら儲かるかも…(^^;)

翌日はゴミ集積場の片づけを手伝った後、3.11に絡んだイベントを見に行きました。「おらほアート展」という、仮設住宅などで暮らす方々が作った手芸品とかが飾られていたり、作り方をレクチャーしたり…。被災当時から現在までの写真も展示されていました。今回、一番充実した時間だったような気もします。

帰り、気仙沼の南町紫市場仮設商店街で昼食をとりましたが、今回初めて現地でカキフライを食べました。いや~、磯の香りが強くておいしかったぁ。でも、この仮設商店街も、4月中には閉鎖されてしまうんですよね。喜ぶべきなのですが、ちょっと複雑な心境でもあります。

被災から6年が過ぎ、現地も大きく変わっています。その中で、私たちボランティアが何をしていくのか、何が求められていくのかが課題となっています。俗にいう「災害ボランティア」の中には、発災時には活動に行くが、その後は関わらないというスタンスのチームもあります。

ボランティアだし、人其々ですから色々あっていいのですが、私は発災前から防災情報を地元に発信し、発災時はもちろん、その後の地域再建の入り口まで、長く関わって活動していくのが「防災ボランティア」だと思っています。というより、そちらの方に重点を置いていると言っていいでしょう。今後もこのスタイルで行きたいと思っています。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

あれから6年…

月日の経つのは早いもので、前回更新してから1か月近くが過ぎようとしています。そして、あれから丸6年が過ぎました。東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)です。

その年の4月28日、私は気仙沼を訪れました。そこで見た光景は、絶対に忘れることができません。良心の呵責を覚えながらも、何枚か写真を撮ってきました(→ 「気仙沼報告 1」「気仙沼報告 2」)。

そして6年が過ぎ、だいぶ街の様子も変わっています。当然ながら陸に打ち上げられた漁船などはなくなり、津波で破壊された建物も見かけなくなっています。そして、復興に向けたシンボル的な存在だった「屋台村」や「仮設商店街」も閉鎖されつつあります。

しかし、6年過ぎても時間が止まったまま(と言うより、逆戻りしている)場所があります。福島の帰宅困難区域です。一昨年、大熊町などを見てきましたが(その時の様子は「福島浜通り報告」シリーズを参照してください)、何時になったら安心して人が住めるようになるのでしょうか…。

震災から7年目に入りますが、まだまだ震災は続いていることを忘れないでください。

災害時の防災協定

私が仕事をしている施設では、明日、地域の方と災害時の防災協定に関した話し合いの場を持つことになっています。今日、突然、自分に出席して欲しいと依頼があったのです。

法人の危機管理委員会で案を作っていたのですが、詳しいことは分かっていません。ですから、いわゆる“ぶっつけ本番”で話し合いに臨まなくてはならないのです。いくら防災に関する知識が豊富な人間でも、ちょっと荷が重いように思います。まぁ、もちろん管理者も出席するので、私が中心という訳ではありませんが…。

ところで防災協定とは「(大規模)災害が発生した時は、お互いに助け合いましょう」という約束事だと思っていれば間違いではありません。防災でいう“共助”の一種です。

地域コミュニティーの崩壊により、自助の次はいきなり公助になりがちですが、災害時に一番力を発揮するのは“共助”です。日頃から隣近所のお付き合いを大切にしたいですね。

献血 97回目

年末に亀裂骨折した左足の小指も痛みが引き、普通に歩けるようになった記念という訳でもありませんが、久しぶりに献血してこようと思いたちました。

左手首を捻挫して湿布をしている関係で、事前に献血可能なのか血液センターに確認したところ「広範囲に湿布を貼っていなければ大丈夫」との返事。体調も問題ないので、さっそく献血ルームに向かいました。

受付を済ませ、事前の問診のときに「最近ケガをしたことはありません?」との質問が。「もう良くなっています」と返事をしたところ、どのようなケガなのか聞かれました。素直に「手首をひねった」と返事をしたところ、「捻挫ですね。それなら大丈夫です。切り傷だと問題なのですが」と言われました。ひとつ知識が増えました。

無事に献血を済ませての帰り道、だんだんと眠くなり…。そういえば、いつもなら献血中に寝てしまうのですが、今回はなぜか眠くならなかったので、その影響でしょうか。念のため、大事をとって早めに帰宅しました。

今晩は良く眠れるかな…。

テーマ : 献血
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

Hikawa

Author:Hikawa
知的障害者の通所施設で仕事をしている管理人が、障害者福祉やボランティア、危機管理に関して、日頃の関わりから問題提起まで幅広く書いています。

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